まず『ダンディ・ダディ?』
定番の親心と子供の気持ちモノ。
これといって目新しいところは無いものの、これといって悪いところも無い。
まあ、これもひとつの水戸黄門かなと思えば結構観れます。
きっとジジイも孫も楽しく観てることでしょう。
恋愛小説家をエロ作家と言ったり、ケータイ小説でも書けと言ったりするところなんかは案外的を得た批評に見えたりもして面白いし。
ただワタシとしては周りが親になっていく歳になったこともあり、少し考えることもあったりしたりで。
子供の頃は有り難いと思っていたけれども、親心ってなんだかんだいって自分勝手だよなとか。
例えば「いやもう元気でいてくれれば他には何も……」なんて新しい母親のインタビューで無欲ぶったことを言っているのをよく見ますが、
それも体の弱い子や先天疾患や障害をもった子には結構な重圧でしょう。
そんな子達は自分を責めるし、その母親達も自分を責める。
子供を心配する親が心配のあまり怒ってしまうのは自分の心配を解消したいからだそうです。
子供の為のようで実は自分の為であることはよくあります。
「親にとって子供はいつまでも子供なの」なんて親の無限の愛情のように聞こえますが、それも程度の差はあれ、依存してるってことなんでしょう。
良い話ではあるが、良いことではない。といって悪いともいえない。
大抵の親は子供が死に掛ければ自分が身代わりにと思うでしょうが、本当に身代わりにならなければならないとしたら、立派な人になんなくてもいいって言えるでしょうか。
いい人と結婚して子供をつくってささやかな幸せを手に入れてとか中々大変な要求をしてしまうんじゃないでしょうか。
愛情ではあるが、無償ではないと思います。
子供の方は親だってだけで頼ってくれるし、生き別れて何年も経ってても探し出してくれたりするし、無償の愛とは子供から親へのものであって、親から子へはどうしても見返りを求めざるを得ないのではないかと。
産み育てている代償に無償の愛を求めているのかもしれませんね。
そんな子供も時期が来れば反抗してでも自立しようとする。
子供からの愛情に依存してしまった親はそれを失いたくなくて止めようとするのかも。
結果押さえつけが度を越し、バットで殴って家出するとかしないと巣立てなくなるのかも。
何が言いたいのかと言うと、
家族とか親子とかっていう関係をあまり御大層に考えない方がいいと思うんです。
愛情とか信頼、義理、人情、守るとか守られるとか御大層な言葉がよく内包される関係ですが、ドライに突き詰めていけば依存だったり生物学的な要求だったりするわけで。
そこに親孝行とか社会的な要求をどんどん追加していってしまうと、がんじがらめの物凄く窮屈な関係になってしまうと思うのです。
『任侠ヘルパー』でも「年寄りほったらかしてる家族が悪い」みたいな台詞がありましたが、それはやっぱ酷ですよ。その辺今後描かれそうな雰囲気ですが。
本来なら太古の昔みたいに15歳ぐらいで13歳ぐらいの娘と結婚して自立っていうのが自然なんでしょうね。
ババアは山に捨てて。
捨てたくないから苦労してるんですが。
とにかく、いい加減家族や親子ってものを必要以上に美化してドラマにするのは止めた方がいいと思うのです。
本当にダメな親ってのも現実にはいますから。
その辺上手く描いてたのがアニメ『とらドラ!』
泣けるラブコメとして世界的にも評判の高い作品ですが、ヒロインの娘は両親が離婚した後、父親に引き取られるものの、父親の新しい恋人と折り合いが付かず一人で出されてしまうのです。
生活費だけ振り込まれて。
そんなこともあって超やさぐれたキャラになってるんですが、この娘のツンデレっぷりが可愛いんですよ実に。
この娘のどうしようもない孤独を癒すため、周りの友人達が入り乱れて恋愛模様を展開するのがメインストーリーなんですが、その友人の協力というか、
「良い事だと思って」やってしまった半強制による父親との和解話があるんですが、
この親父、一見いい人そうに見えてやっぱダメで。
もう一度捨てちゃうんですよ。
これがもう……
この話がもう……切なくって。
やっぱり親は正しかった的なまとめ方をするのがドラマでは定番というか、もう規則みたいなもんなんですが、そうしなかったことが秀逸でした。
ドラマでもこのぐらいの挑戦はして欲しいし、こういうものから世の中の価値観てものが成長していくんじゃないかと思うのです。
なによりそういう作品が一番面白いんですよ。