これは映画『ボウリング・フォーコロンバイン』の中でのマイケル・ムーアの言葉です。
今さらですが昨日、スカパーで『華氏911』と二本立てでやっていたので観てしまいました。
マイケル・ムーアは極端な批判をする人で、『ボウリング・フォー・コロンバイン』も銃規制を訴えるだけの映画。という認識があったので、今まで観る気がしなかったんですが、どうやらワタシの認識は間違っていたようです。
ちゃんと真実を追究している映画でした。
銃規制を訴えているのも確かですが、それだけではありません。その手の団体は「銃が簡単に手に入るから事件が起こる」という主張を繰り返すんですが、映画ではカナダ、フランス、ドイツなどと比べてその点を否定します。
カナダもヨーロッパ諸国も狩猟の伝統があるので、米国並みに銃が手に入りやすい国々だと。
加えて暴力や征服の歴史も米国より深くて長い、自衛の意識はみんな持っていると。
ハリウッド製の暴力映画や日本製の暴力ゲームもよく流行っていると。
むしろ米国よりその辺の規制は緩かったりすると。
失業率なんてカナダは常に米国の二倍はあると。
なのにこれらの国々で起きる射殺事件は年間二桁か、多い国で三桁に届くかどうか。
然るに米国では年間一万件以上。
では一体、これらの国々と米国では何が違うのか。というのがこの映画の主題でした。
ただいたずらに「銃は悪」と決め付けている訳ではありません。
日本ではアメリカの情報はよく入ってきますが、その他の国々のことはあまりよくわかりません。なのでこの比べ方は新鮮でした。カナダでは家に鍵もかけないそうです。
この「違い」をムーアは徐々に明らかにしていきます。
マリリン・マンソンとのインタビューでマンソンがこう語ります。
「ニュースを見ればいつだって事件や犯罪の報道をして、これに気をつけろ、あれに気をつけろ、ナントカの危険があるだの言って恐怖をあおる。CMに入れば今度はこれに投資しないと損するとか、これを食わないと健康にならないとか、ニキビがあると女とヤレないとか言って不安をあおる。こんなもんを毎日見せられてれば誰だっておかしくなるさ。」
この引用は適当で全く正確ではありませんが、なんかこんな様な事を言っていました。
テレビなんてどこでもそうだろうと思っていたら、どうもカナダではそうではないようです。ムーアが取材に行っていました。
差別意識も少ないらしく、デトロイトから遊びに来ていた黒人男性が「米国にいるより気が楽だ」と言っていました。友達がその米国に移住したというおばさんは「みんなすぐ怒るから怖いって言っていたわ」という話をします。
なるほど。
テレビに限らず、恐怖や不安をあおっておいてこうすれば安心、と訴えるのは広告宣伝の常套手段です。むしろそれをやっていない他の国が不思議です。
どんなに冷静で頭のいい人でも追い込まれれば間違いをおかします。変な壷だって買ってしまいます。
やってる方は追い込む気も騙す気もないんでしょうが、結果としてありもしない恐怖や不安が社会全体に蔓延することになる。そうやって知らず知らず良い肩書きを持ったまま追い込まれた有識者や専門家達が思考停止して、また余計なこと言って拍車をかける。
なんてこった。まさしく今の日本の姿じゃないですか。
先日新聞に載っていたコラムですが、『無責任な非常識コメント』と題されたそれは、『とくダネ!』で、ビートルズのナンバーを無断で生演奏していたバーに罰金が科せられた、という一件に対しコメンテーターの女性作家が「これはちょっとかわいそう」とした発言をそれはもう、パンッパンに叩いていました。
曰く、「無責任、非常識、世間知らず、認識音痴、開いた口が塞がらない、同じ芸術家の言葉か」などと言う、お上品な罵詈雑言の数々。
さらに「作家はささやかな印税で暮らしているのに」ときた。
ビートルズが?
いやはや、開いた口が塞がらないとはこの事です。
“無断で生演奏”というのはつまり、著作権使用料を払っていないということで、これはカラオケ店などにも課せられる通称“印税”と税金でもないのに税と呼ばれるほどあこぎな徴収をする契約です。
特許使用料と内容はほとんど同じ。
ちなみにこれは売れても売れなくても出版物が発行された時点で作家に入ってきます。
もちろんそれ以前に作品が完成した時点で原稿料とか作曲料といった報酬が支払われます。
ワタシは常々作者にわたる報酬はこれだけでいいんではないかと思っています。
売れる見込みをこれに還元して、つまり色つけて最初にそれなりの報酬を支払って終わりと。そうすれば著作権のとっくに切れたクラシックのCDみたいにバカ安で販売できるんではないかと。
カラオケ店やピアノバーが自由に楽曲を使用してくれた方が、世間に広まるのも早いし、客の耳や目が肥えれば芸術の発展にも寄与するのではないかと。
ワタシはいっそ盗作も許可制でなく、報告の義務ぐらいにしてもいいんじゃないかと思っています。
今は音楽ならメロディにしか著作権保護はかかりませんが、編曲や再編集のオリジナリティをもっと評価してもいいと思います。
無茶な事を言っていますが、つまりこの一件は著作権はじめ、知的所有権のあり方そのものに疑問を持つべき問題なんじゃないかと思うわけです。
厳格な保護や使用料の徴収が果たしてその分野の発展に寄与するのか、それとも阻害しているのか。
最近の法案にはゴチャゴチャ言うくせに、最早当たり前になってしまった法律には、
「きまってるモンは守らなきゃダメ!」とでも言わんばかりの思考停止状態。
とてもジャーナリストの姿勢じゃない。
ワタシも小難しいことを賢しらに書きましたが、別に専門的な知識があるわけじゃありません。下調べもしていません。
ふと思ったことをうろ覚えの知識に乗っけて、漢字多めに書いているだけです。
こういう書き方をすると、きっと誤解する人がいることでしょう。
きっと著作権問題なんかに興味の無い人ほど誤解することでしょう。
ただ「そうなんだ」と。
嘘ですよ。ワタシが知ってることに確かなことなんて何一つないですよ。
やっぱりいい加減な知識や妙な誤解を抱かせるよりは「ちょっとかわいそう」ぐらいで済ましといた方が良かったかもしれない。
そんな室井裕月さんを応援します。
映画の話に戻ります。
『華氏911』の方でも結論は同じなんです。
政府やマスコミが大衆の恐怖心や不安感をあおりにあおって開戦を認めさせたと。
9・11後のアメリカ市民はまさしくヒステリー状態でした。
イラク攻撃にはさすがに疑問を持ったようですが、アフガンの時はもう、集団催眠にでもかかっているかのように、議会も大衆も「やっちまえ!やっちまえ!」のシュプレヒコール。
日本で似たような催眠にかかっていたワタシもシュプレヒコールをあげていました。
未だにアフガン攻撃の賛否は問われていません。
アメリカ人は伝統的に自国の兵が死なないと反戦活動はしない。
政府もその辺はわきまえて、必ず空爆で先に皆殺しにしてから地上軍投入という戦法を取ります。最近は空爆する機体まで無人化する始末。
「息子を失った」と嘆く母親も、どっかりとソファーに座って他の大勢の家族に囲まれながらインタビューに答える。
耐震偽装マンションを買ってしまい、今後の生活の不安をバカでかい液晶TVの前で語る人のインタビューを観てる気分です。
うすら寒い。そりゃ大変だろうけど何やらうすら寒い。
きっとアメリカ人が世界一平和ボケしてるんでしょう。
それはともかく、日本がこれ以上アメリカ化するのは本当にまずそうです。
こうして見ると、テレビも商品のプロモーションの仕方もアメリカそっくりになって来ています。
ワタシがこの映画を単純な銃批判やブッシュ批判の映画だと思っていたのも、そのせいでしょう。
おすぎさんぐらいはまともな批評をしていそうですが、あの人は時々何を言っているのかわからなくなるので、ワタシの記憶にありません。
あるいはワタシ自身すでにどうかしていて、まともな情報を無視するようになっているのかもしれません。
新聞記者までが思考停止し出しています。
納豆で痩せると言われて、真に受けて買占めに走る人がいます。
それが嘘だと分かり、猛抗議する人がいます。
商品の宣伝で大げさな極端なことを言うのは仕方ないところもあると思うんですが、それに対する大衆の反応までもが一々極端でヒステリックになっている。
なんだか気味が悪いですよ。
小泉前総理のやり方もこんな感じで、当時は分かりやすくていい、なんて思ってたモンですが、あのアメリカ大統領みたいな極端なやり方はかなり危険を含んでいるように思えてきました。
太田総理が常々警鐘を発しているのも、きっとこういう事なんでしょう。
こわいこわい。
ぼちぼちカナダへの移住を考えておきましょう。
フランスかドイツでもいい。
もうちょっと暖かい所がいい。
でも暖かいところのメシはあんまり美味そうに思えない。
ゴキブリとかもデカそうだ。
悪魔の申し子みたいなゴキブリがいそうだ。
だから・・・・・・・・・東京?
いやいや、
いやいや、
そうじゃなくて。