夏目漱石『永日小品』から『金』
「金はある部分から見ると、労力の記号だらう。所が其の労力が決して同種類のものぢゃないから、同じ金で代表さして、彼是(ひし)相通ずると、大変な間違いになる。例えば僕がここで一万噸の石炭を掘ったとするぜ。其の労力は器械的の労力に過ぎないんだから、之を金に代へたにした所が、其の金は同種類の器械的の労力と交換する資格がある丈ぢゃないか。然るに一度此の器械的の労力が金に変形するや否や、急に大自在の神通力を得て、道徳的の労力とどんどん引き換へになる。さうして、勝手次第に精神界が攪乱されて仕舞ふ。不都合極まる魔物ぢゃないか。だから色分(いろわけ)にして、少し其の分を知らしめなくっちゃ不可んよ」
これは夏目漱石の脳内友達、空谷子(くうこくし)のお言葉。
「劇烈な三面記事を、写真版にして引き伸ばした様な小説」を何冊か読んでたら、もうなんかうんざりしちゃって気晴らしに空谷子に会いに行ったら、こんな話をされた、という体で書かれています。
つまり、手っ取り早く金に成る様な代物に文芸はじめ、学問・芸術の世界が侵されていると。
それで金を色分けして、同じ額面でも赤い金はこっからここまで。青ならここまで、白ならこれだけ。みたいに用途を限定しちゃえば良いんじゃないかと。
具体的に考えると、肉体労働の対価は肉体労働による製品まで。本でも買うなら自分も頭脳労働で対価を得なければならないということになるわけで。
肉体労働者は贅沢なものを食えるが、本や映画、音楽などの知的財産権とかつく娯楽・芸術は楽しめないことになります。
逆に作家やアーティストは娯楽には事欠かないものの、まともに食うにはスターといえどバイトしなければなりません。
さすがは漱石先生、なんか社会主義より公平な気がします。
まあ、本物の芸術を生むには贋物も必要だとは思うんですが、つい贋物ばかりを掴まされてうんざりしているとこういう気にもなるもんです。
漱石先生は主に文芸の事を指しているようですが、しかしこれ例えば音楽だったらどうか。
CDは頭脳労働だが、ライブは肉体労働ではないか?
映画の興収は頭脳労働だが、出演料は肉体労働ではないか?
本で言えば、印税は頭脳労働の対価で、原稿料は肉体労働の対価になるんじゃないだろうか?
とか考え出したんですよ。というか実際そんな感じになってるんでしょうが、
これはつまり、著作権とはどうあるべきかという問題に関して、漱石先生はなんか凄いことを書き遺してくれたんじゃないかと思うのです。
といってワタシのなかでも上手くまとまってないのですが。
今後、著作権のあり方を考え直す会議やなんかがあるのなら、誰かにこの話をしていただきたい。
その時は上手いことまとめてね。
| 文鳥・夢十夜・永日小品 (角川文庫クラシックス) 著者:夏目 漱石 |
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